お城解説
現存12天守の一つ(日本国内に12基現存している、安土桃山時代後期から江戸時代にかけて建造された天守を有する城郭)である。
安土桃山時代、南部氏の一族であった大浦為信が南部氏に反旗を翻し、津軽地方を次々と攻め落とした。
為信は、
豊臣政権から南部氏からの独立及び津軽地方の所領を安堵され津軽為信と改姓する。
津軽為信は、関ヶ原の戦いでも東軍につき47000石の所領を安堵され弘前に築城をする。
これより江戸時代を通じて津軽氏が所領を守り続ける。1627年落雷により天守は、消失したが1810年に3層櫓が再び築かれ現在に至る。