お城解説
歴代の出雲国守護職の居城で戦国時代には大名尼子氏の本拠地となり以後尼子氏とともに山陰の要衝の地となり、尼子晴久の代には山陰・山陽八ヶ国守護の大大名となった。天然の地形を利用した、難攻不落の城であったが毛利氏に尼子氏が滅ぼされると毛利領となる。
月山富田城は、月山(吐月峰、標高191.5m)山上に本丸をおき、南東以外の三方は急峻な斜面であり、北側を正面とし、山麓部から山頂部へ郭を連ねた難攻不落な典型的な山城である。
江戸期に入ると堀尾吉晴が出雲・隠岐23万5千石領主のとなり入城するがほどなく松江城を築き、忠晴の代で松江城に移り富田城は、廃城となる。